日進一歩

100年に1度と言われる金融危機。今、私たちは何をすべきか?真剣に考えるためのブログ(ほぼ嘘)

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ぺっぱー

Author:ぺっぱー
大学遠いよー遠すぎだよー
近所の大学行けばよかったかなぁ~?
てか高校が近すぎたよね


だいがくせいってたのしいな


1989/5/1 B型

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琉球王国2日目 後半

バスに乗り込み、首里城を後にします。
そしてまた、沖縄県南部に向かいます。
沖縄戦では南部地方が主戦場になったため
南部地域には数多くの戦跡が残っています。

1時間ほどバスに揺られ、ガマに到着。
ガマというのは、沖縄に多数存在する
自然に出来た洞窟の沖縄弁での表現です。
戦争末期、沖縄県民の人々や日本軍は、
連合軍の空爆や艦砲射撃を避けるため
このガマに逃げ込みました。
自分達のクラスは、その中でも
「轟の壕」という名前のガマに入りました。

事前の説明で、相当汚れるとの事だったので
上下ジャージに軍手・懐中電灯という重装備で行くことに。
これは、結果的に正解でした。
ガマの前につくと、平和ガイドのおじさんの説明を聞いて
そのおじさんに誘導されて順番に入りました。
やはり自然の洞窟なので、途中からは天井からの滴で滑りやすく、
真っ暗でとても狭いので入るのが大変でした。
しかし、そこは外とは別世界。
外の暑さは感じられず、とてもひんやりしていました。
中に入ると、そこは案外広い空間が広がっていました。
懐中電灯で足元を照らしてみると、
そこには沖縄戦当時の物と思われるお茶碗や靴が……

そこで、平和ガイドさんのお話を聞きました。
ガマの中で何があったか、
ガマの生活はどんなに大変なものだったか、
なぜあのような悲惨な戦争になったのか・・・

みんな、静かに話を聞いていました。
これからの時代を担うのは、今の若者ですからね…


30分ほどでガマから出て、
すぐ近くにあるひめゆり会館に移動して昼食を食べました。

昼食を食べた後、ひめゆりの塔へ移動。
あんな場所に突然壕が現れるってのはビックリです。
すぐに視聴覚室へ移動して、
ひめゆり隊の生存者の方の証言VTRを見ました。
そのあとは、ひめゆり資料館の中を見学。
1日目から、ずっと平和学習を続けてきた訳ですが
どこへ行っても伝わってくるのは戦争の悲惨さという事でした。
先の大戦の意味や正当性という事は伝わってきませんでした。

ひめゆりの塔見学終了後、再びバスに乗り
宿泊地のホテルに向かいます。
1日目のホテルは那覇市内のビジネスホテルでしたが、
2日目・3日目は沖縄県中部にあるリゾートホテルです。
結構人気があるらしく、予約が大変だったとかw

南部地域を抜け出し、高速に乗りました。
沖縄にも高速はあるのか!と驚きましたが、
案外普通の高速道路でしたw(当たり前だろ

那覇市を抜け、先月土砂崩れがあった中城村などを抜け、
中部へ向かいます。
ホテルに行く、その前に!!
10分ほどですが、嘉手納基地の見学がありました。
嘉手納基地に隣接して、道の駅「かでな」という施設があるんです。
そこの屋上が展望台になっていて、嘉手納基地が一望できるw

OK11.jpg


広いなぁ……奥に対潜哨戒機が止まっています。
100円払って見た望遠鏡では、戦闘機も確認できました。
あとでガイドさんから聞いた話ですが、
この嘉手納基地は東洋でも最大級の規模だそうで、
緊急時にはスペースシャトルの着陸も出来るとか。
沖縄県の現状を改めて実感しました。

それからまた20分ほどバスに揺られ、
ホテルムーンビーチに到着!!
このホテル凄いです。ロビーが1階から4階くらいまで
吹き抜けになっています。

200606291535000.jpg


なんだこれ~広すぎ…

この日は、バーベキューで夕飯を食べ
部屋で雑談したり暴露話(定番)をしたりして就寝しました。
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